また~り好きの、よしなしごと
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モノの命
2011年09月23日 (金) | 編集 |
今年はマイミクさんの間で片付けブームが起きていました。
かくいう私ものんびり亀さんな片付けブームに乗っている一人です(笑)
今もマイペースで進む片付け=必要なものだけ残す作業。

で、その片付けで思い出した話なんですが、
九十九神ってご存知ですか?
物が長い年月を経て、神力を持ったものだそうです。
一反木綿などの妖怪もそうなんでしょうね。

なんでそんなこと思い出したかというと、
使ってるものと使ってないものとで
明らかに輝きが違うなって気がついたからなんですが、
ずっと収めてたものって、痛んではないのだけど古ぼけてません?

バイトしているときにも、同じ事を感じました。
私がバイトしていたお店は、古い食器を使っていました。
昔の結婚式などで使われていた塗の椀や、
昭和の古いガラス皿やグラス・・・
ちょっとした贅沢感と懐かしさで、お客様にも好評でした。

ある日、蔵で眠っていたというお椀や湯飲みのセットが届いたのですが
そのお椀たちは、痛んではないのだけど、くすんで艶がありません。
なんだかお店で使っているものより、ずっと古ぼけて見えました。
でも、使っているうちに、艶が出て、綺麗になっていきました。
食事の油分を吸ったり、くすみが取れたりしたせいとは思いますが、
それって食器たちも喜んでるように見えます。

モノも、やっぱり生きてる気がします。


今回、大量の服を捨てるときに、
どうしても気になって、一度結んだビニール袋を開き、
中の服を全部出して、もう一度たたみ直して袋に戻しました。
それぞれの服の出会いを思い出し、
お礼を言って詰めていきました。

私はモノを大切にしなさい、と教わった分、
捨てるという罪の意識を持っています。
モノが生きてるように感じるのは、
捨てるということの罪の意識によるもので、
捨てるときにお礼を言うのは、
その罪の意識を少しでも軽くしたい、
そんな心理によるものなんでしょうね。

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